B:冥き妖花 シュティーンベク
シュティーンベクってのは、あたしらの言葉で「冥界の魔物」って意味でね。人を積極的に狩ることから、そんな不吉な名が付けられたんだ。
獲物を見つけると、まず鋭い根を突き刺し、連れ去る。そして種を植え付けた上で、日当たりのよい場所に放置して、苗床にするっていう習性があるのさ。だからシュバラール族の親は、子どもにこう言って聞かせる。絶対にひとりで森に出るんじゃない、でないとシュティーンベクに攫われるぞってね。
~ギルドシップの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
トライヨラからヤクテル樹海へ繋がる陸路はない。あたし達は王都トライヨラから気球に乗込んでヤクテル樹海を目指した。
「気球って葉初めて乗ったけど、これはまた心細い乗り物ね」
あたしは頭上にあるバルーンを見上げて言った。
「心配ないさ。気球の航行が始まってずいぶん経つがこれといった事故の話は耳にしないしな」
今回ガイドを買って出てくれたヤクテル樹海出身のシュバラール族の男も頭上を見上げて言った。シュバラール族とはトラル大陸の言葉で、エオルゼアでいう所のロスガル族の事だ。
「嘴が尖った鳥が突進してきたら穴あいちゃうよ?」
あたしが言うとシュラバールの男は苦笑いして肩を竦めた。
空の旅が始まってすぐに王都南東に横に連なる高い山脈が見えてくる。その山脈を気球で越えれば眼下に地平まで広がる深い森が見えてくる。これがヤクテル樹海だ。
そんなヤクテルの密林の中にシュバラール族の村イクブラーシャはある。
「故郷のイクブラーシャには子供を躾けるための怖い話ってやつがいくつかあるんだ。その中の一つに森に一人で入ってはいけないっていうはなしがあって、その話に登場するのが今回あんたたちが狙ってるシュティーンベクさ」
シュラバール族の男は眼下に広がる樹海を懐かしそうに眺めながら話し始めた。
太古の昔からヤクテル樹海にはトラル大陸ではシュバラール族とマムージャ族が暮らしている。今でこそ狩猟の対象となる獣の多い高地にはシュバラール族が、樹冠に阻まれ太陽光の届かない低地にはマムージャ族がそれぞれ集落を構え争うことなく暮らしているのだが、種族の特性があるとはいえ誰しも一日中薄暗く湿気の多い陰気な場所より、陽の光が当たり明るく健康的で陽気な場所の方が好きに決まっている。このヤクテル樹海でも過去に陽の光と肥沃な大地を求めるマムージャ族と住処を守りたいシュラバール族とによる領土争いが長年繰り広げられてきた。その戦争の主戦場となったのは絶壁で隔てられた高地と低地を唯一徒歩で行き来できる場所であるショブリトだ。
この地は長年にわたる激しい戦火に晒され、どちらの種族も多くの命を散らし、失われた命の数だけ怨恨が生まれた。その怨恨を糧に戦乱は世代を超え、終わりなど永遠に来ないのではないかと感じるほど長い年月、両種族による戦いは繰り返された。その結果ショブリトは大地まで焼き尽くされ未だに焼けて裸になった木が墓標のように立ち並び、大地には木が生えない。だから灰戦場と呼ばれているのだという。
そしてこの戦火によりそして失われた多くの命を喰うために冥界からやってきたと言われているのがシュティーンベクという魔物なのだという。実際の所は元々森に生息していたネクローシスという移動型植物の特異体なのだが、そのグロテスクな性質が「冥界の魔物」のイメージと合致したのだろう。
言い伝えによればシュティーンベクは戦乱が休戦する都度ネクローシスを従え冥界から現れては、戦死者の遺体を拾ってきては下僕のネクローシスと共にショブリト灰戦場に並べていったという。皆、奴が何をしているのか分からないままその不気味な光景を眺めていた。
陽の光の下に並べられた死体は数日で腐敗が進み、周辺一帯には酷い匂いがしたと伝えられている。遺体の腐敗が進むと柔らかくなったその遺体の表皮を破って芽が育ち、次々と新たなネクローシスが生まれたのだという。そしてネクローシスとなってしまった死者は魂の理から外れ、永遠にシュティーンベクの下僕となってしまうというなんともおぞましい話だ。
だがあながち創作話とも言えない。本当に灰戦場に死体を並べたかどうかは定かではないが、シュティーンベクは実際、獲物を見つけるとまず鋭い根を突き刺し、獲物を連れ去る。そして種を植え付けた上で、日当たりのよい場所に放置して、苗床にするという習性がある。今でもイクブラーシャの村では子供たちに一人で森に出るとシュティーンベクに連れ去られてネクローシスにされるから、森に入ってはいけないのだとこの物語を語って聞かせているらしい。
あたしと相方はシュバラールの男を見上げた。
「その話、怖かった?」
あたしはいたずらっぽく笑って訪ねた。
「そりゃ怖かったさ。森には実物がいるしな。今でも見かけると他の魔物とは一味違う感覚に襲われる」
少し照れたような仕草をしながらシュラバールの男は答えた。
この手の話は伝統や独自の文化を大切にする集落にはよくあるが、なるほど、その効果は絶大なようだ。